アメと無知


アメを舐めるのが子どもの頃から苦手だった。何故だか溶けないのだ、飴が。小さな飴玉を口に入れても無くなるまで一時間弱ぐらいかかる。多少甘かろうが美味しかろうが、もう苦痛以外の何物でもない。

だから子ども時代には「アメをあげようか?」などという親切な申し出にも全力で拒否した。あまりに拒否すると怪しまれるので、色々と言い訳を考えておく。お腹が空いていないとか、ちょっと口が痛いとか。困ったことにお腹が空いてなかろうがアメは舐められるし、下手に口の痛みを強調すれば病院に連れて行かれる。他の手も考えなきゃならん。

なんだかんだで、すっかり言い訳上手になった自分は近所でも「遠慮深い頭の良い子」ということになってしまった。一番酷いエピソードは近所のおばちゃんがアメをくれようというのに「いえいえ、そこまでしていただくのは申し訳ないし、母も恐縮します。お気持ちだけいただきます」と幼稚園児の私が言った、というものだが、これはちょっとオーバーだろう。いくらなんでも。

問題なのは、そういう良い子という評判に伴って「そんなに良い子にはアメをあげなきゃ」という思考回路の大人達が増えるということだ。他のものにしてくれよ。クッキーとかビスケットなら喜んでもらうかもしれないのに。アメがあげやすいんだろうなぁ。小分けだし、かさばらないし、他の子どもも長時間黙らせておけるだろうし。

姉には舐めるのが遅いとしょっちゅうバカにされる。中学や高校でクラスの女子の間でアメを持ち寄って交換するという絶望的なブームがたまに起きても、優しい女の子から「これどうぞ」なんて差し出されたものを全部拒否しなきゃならない。小さな頃からアメというものに全くプラスイメージを持ってなかったんだけど、最近この歳になってちょっとした変化が起こった。

昔から「みんなは何であんなに舐めるのが早いんだ?」と不思議がりながらも特に理由を追及してこなかったんだけど(みんな口から特殊な酸とか出てるんじゃないか?というイメージ)もちろん自分がアメが苦手なのにはきちんとした理由があった。

「当たり前だろ」と言われるのを覚悟で解決編を。なぜだか知らないけど「食べ物は口に入れたら動かしてはいけない」という先入観があったのだ。だからアメを口に入れても動かさない。コロコロするのは行儀の悪いことだ、という勝手な思い込み。小さな頃から口に入れたアメを転がしもせず舌に張り付くのを不快な気分で耐えていたのだ。ついでに舐めるのに飽きたアメは噛んでもいいらしい。ガリガリ音を立てて噛むなんて結構行儀悪く感じるが。本当に知らなかった。

なるほど転がせばいいのだな、と判明しても長年の蓄積からか急には舐めるのが上手くなったりはしない。練習が必要だ。とりあえず自分の場合は二年ほどかかった。袋売りの飴を買ってきて、ひたすら舐める。特訓だ。アゴが疲れる。自分は何と戦っているのだろう。

そしてやっと去年の暮れあたりから快適に人よりも早くアメを舐められるようになった。本当に良かった。世の中のアメとは美味しいものだな。バリエーションも豊かだ。なんかコンビニでアメのコーナーに立ち寄るのが楽しくなった。新製品が出るのが楽しみだ。

今、一番気に入っているUHA味覚糖の塩の花を舐めながらこれを書いている。焦がしミルクの中に塩チョコが入っているという斬新な味だ。世の中に自分の他にも「飴が溶けなくて困る」という人が一人ぐらいはいるかもしれないが、諦めないで欲しい。道は開ける。虫歯が心配だ。

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