初老から始めるドジっ子キャラ修行


ついてない1日というのはある。悪いことが重なる。確率論を無視したかのように自分を囲む世界が悪意を持っているようにすら感じる。

起きたら障子紙に穴が開いていたのを発見。深夜の地震でペン立てが倒れたせいらしい。

前夜にセットしたはずの洗濯機がストップ。朝に起きたら干すはずだった厚物マット関連が後まわしに。

コーヒーを煎れようとしたら、お湯の勢いが強すぎてドリップごとひっくり返りプチ惨事に。

急ぎの用でワープロソフトを起ち上げた瞬間に年に一度見るか見ないかのシステムエラー。再起動で一回休み状態。

着替えて髭を剃り車に乗り荷物を抱えて郵便局に着いてから祝日だったことに気付く。

部屋干し用に稼働させていた除湿器が異音を発してストップ。音はするけど風は出ず。

気分転換にギターを弾いたらチョーキングした瞬間に1弦が切れる。

10年以上使ってるマグカップにヒビ割れ。

起きてから夕方まで数時間の間にどれだけ重なれば気がすむのか。その気になれば「○○の一番長い日」とかタイトル付けて短編映画でも作れそうな勢い。

科学世代の人間だし全てが単なる偶然だということは重々承知なんだけど、さすがに最後の方はオカルト的な縁起の悪さを想像して少し背筋が寒くなった。

起こったことだけを並べると運の悪さが際立つけど、確率的には微妙に起こりえることばかり。しかも自分の失敗も多く含む。「天文学的」なんて言葉の入り込む余地はなさそうだ。

起こりえることは必ずどこかで起こる。

成人の日。もう二回目の成人式が近づいてきている歳になって何をドジっ娘キャラみたいにアタフタしているのだろう。どうでもいいが「どじっこきゃら」と打って一発でドジっ娘キャラって出てくるのはATOKの頭が良いのか、俺の日頃の行いが悪いのか。

それにしても祝日法が改正されてからの年数すら忘れそうなのに、成人の日が1月15日でないことに感じる違和感は半端ない。同じことが10月10日の体育の日にも言える。

もちろん休みが連続するように的な配慮なのは承知しているけど、その日付が持つ記憶、イベント感というモノって意外と大事だよな。クリスマスは12月の第三月曜日とか正月は1月の第一月曜日とか言われても困るしね。

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