昔のIRCを思い出す@Twitter

ようやく少しだけTwitterに慣れた。友達全然できないけど。(一応)一行ずつブツブツと書いて、他の人と話しててもすれ違ったり、タイムラグがあったり、相手の応答が止まったと思ったら寝てたり風呂入ってたり。

これって何かに似てるなと思ったら、IRCに似てるんだな。といってもIRCって何だよ、って感じですが。昔インターネットブーム(笑)の初期にhttpやftpと共に一瞬だけ流行って一瞬で廃れていったプロトコル?です。

一言ずつしかしゃべれない、常駐できる、自分とは関係ない話題や会話を書き込みしなくてもダラダラ見ていられる、等と共通点は多い。もちろん違う部分もある、一応はグループやチャンネルが存在していたし、気に入らない人を通信から蹴り出すこともできた。(なんだったんだろうな、この機能)

Internet Relay Chat(インターネット・リレー・チャット、略称:IRC)とは、サーバを介してクライアントとクライアントが会話をする枠組みの名称である。文章のみをやり取りして会話を行い、DCCなどを利用することでファイル転送も対応する。

Wikipediaから引用。「会話」ってのはちょっとニュアンスが違う気もするんだけど。で、ウィキペでIRCって入力したら「あやしいわーるど@iRC」まで出てきた。

懐かしくなって昔のIRCのログを見たら、しば君がいるんだよなぁ。96~97年くらいのログを見ると結構会話してる。もちろん、その前のNiftyのパソコン通信時代から知ってはいるんだけど。

この頃ってたぶん「ぁゃιぃわーるど」初期ぐらいなのかなぁ。全然興味ないから話半分にしか聞いてなかったけど、その後のネット文化の流れを考えるとちょっと興味深い。なんで興味なかったかというと名前が好きじゃなかったから(笑)>あやしい

Twitterをやりながら思うのは、みんな各々「くだらないことをつぶやいてる」んだけど、なんか上品なんだよなぁ。上品というか「人に見せることを前提としてる」っていうか。くだらなくないんだよ。有用ですらある。

本当にくだらない独り言っていうのがどれくらい酷いか、昔のIRCのログや、更にその前の便所の落書きHPやなんかのログなんかを公開してみたい誘惑にかられる。まぁ本当に酷いので公開できないんだけど。

下品だったりアングラだったり、そういうことだけじゃない。「くだらない」ことって極めるとすごくて酷いんだな、と思う。役に立つかたたないかじゃなくて、完全に意味がない。それが面白い。

もう一つ違うと思うのは、IRCの頃って一行だったり会話が流れてしまうことの「制限付き」を仕方なく受け入れている感じだった。当時から一応掲示板的な物はあったんだけどね。有料だったり、すぐに容量いっぱいになったり、通信料金自体が高かったりしてた。本当は「もっともっとたくさん!」って気分だったんだと思う。

でも現在、ネット上のリソースなんて湯水のようにジャブジャブ使っても鼻くそほどの値打ちしかないんだろうな。そんな中で一行の文字数制限をあえて望んで使うTwitter。

なんというか、使い放題な物をあえて制限をかけて楽しむ「余裕」というか、自分を縛る中での表現を追求する「俳句のようなワビサビ」みたいなものを感じなくもない。と綺麗なオチをつけてみる。

昔のIRCを思い出す@Twitter” に対して2件のコメントがあります。

  1. くるしま より:

    ワビサビね~(笑)

    検索かければくだらないのも結構あるかもね

    所詮はコミュニケーションツールだから
    それ以上のものは求めないし(笑)

  2. zali より:

    現在「ものすごくクダラナイことをつぶやく人」を探して絶賛検索中(笑)

    「コミュニケーション」っていう縛りから一歩抜け出た人を見てみたい
    たぶん周囲からはドン引きされてるんだろうけど

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